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Mike's Blog

これまで読んできた本を引用を含めて紹介します。 Introducing books I have read including citation http://www.arsvi.com/w/km18.htm

鹿島茂『勝つための論文の書き方』を読んで

 

勝つための論文の書き方 (文春新書)

勝つための論文の書き方 (文春新書)

 

 論文を書く際の必読本です。以下に重要と思われる箇所を引用します。

・「論文の書き方」というものを煮詰めてエッセンスを取り出してみると、それは、生きていくことを楽しくするための工夫とほとんど同じものになります。逆に日々の生活の場での工夫や知恵を徹底的に論理化していくと、それは論文の構造と重なってきます。(p.10-11)

・…真っ先になすべきことは、…「問題を立てるという行為」が存在すること、そして、その行為によって、楽しくないと思える「勉強、労働、家事」も自分の頭で考えることで楽しいものに変わりうるということを教えることです。(p.18)

・問題を立てることは、問題を解くことよりもはるかに難しいものなのです。なぜでしょうか?答えは簡単です。問題を立てるということの本質は、まだだれも立てていないところに問題を立てる、つまり未問の問いを考え出すことにあるからです。もちろん、すでにだれかが立てていながらいまだに答えのでていない問いというのも存在します。しかし、そうした既問の問いというのも、新しい答えを見つけるにはどこかで、補助的な未問の問いを考えださなくてはなりません。結局は、問いを立てるということは、未問の問いを見つけだすということになるのです。だれもやったことのないものというのは、どんなものでも難しいものなのです。(p.19)

・…論文の書き方には、実生活で問題を立て、自分の頭で思考するさいのエッセンスが詰まっている...すなわち、対象の観察の仕方、観察から疑問を引き出す方法、単純な疑問を大きな問題へと育てていくやり方、そして、大きな問題を解くための技法、などなど、これらはすべて、実生活で自分の頭をつかってものを考え、そして仕事を楽しいものにするための基礎になりうるのです。言いかえれば、論文の書き方を構造的に理解しておけば、それはたんに、卒論や修論を書くときばかりではなく、日常の仕事を無味乾燥にしない工夫を凝らすときにも役立つということです。(p.22-23)

・では、論文と作文の区別はどこにあるかといいますと、作文にはなくて、論文には絶対になければいけないものがあります。それは「問い」、クエスチョンマークです。論文は必ず問いから始まらなければいけません。そして、それの答えをこれこれこういう理由だから、こうなんだとはっきり証明するかたちで結論へと導く、これが論文というものです。(p.24)

・…論文というのは、レポートのように、与えられた問いに対して答えるだけではなく、問いそのものを自分で見いださなければならないという条件があるからです。(p.26)

・…良い問いを立てなければ、良い答えも出てこないものなのです…これまで誰も未知を見いだしたことのない部分に重要な未知を見いだし、そこからより重要な未知を発見する、つまり、誰ひとりとして真実性を疑ったことのないようなところ、あるいは、そこに未知があるなどと誰も気がつかないような部分にダウトをかけ、そこから巨大な未知へと至る糸口を発見する、これが良い問いということになるでしょう。(p.28)

・…良い論文が書けるか否かは、一にも二にも、良い問いを見いだせるか否かにかかっています。論文の命はまさにここにあります…あとは、論理的に答えを導くということを心掛ければ、それで自然と結論に至るわけです。(p.31)

・人を説得するだけではなく、人を楽しませ、ある種の興奮さえ与える面白い論文こそが望ましいのです。つまり面白い小説とか面白い映画とか、そういうものを連想するような血沸き肉踊るような面白さです。不意打ちのような出だし、息もつかせぬ展開、そして思いもかけなかったような結末。テーマ選択の驚き、ストーリー展開の巧みさ、結末の意外性、こういうものが論文にもあればいいなあと思うわけです。それからもう一つ重要なのは、語り口が面白くなくてはいけないということです。語り口というのは、お話しの仕方ということです。論文も、文章である以上は、話の持って行き方、これを先に出さずに後にするとか、ここは思い切って省略して、ここを長くするとか、そういうお話しの順序や構成というものも必要となります。(p.32-33)

・…独創的と呼ばれている論文を分類してみると、意外なことですが、それは基本的に二種類しかないということに気づくと思います。一つは今までにたくさんの人が問題を立てながら未解決なところにもう一度問題をたてる論文。一つは、いまだかつて誰も問題を立てたことの無いところに問題を立てようとする論文。この二つ以外に問題の立て方はないのです。(p.40)

・真に独創的な論文というものは、折衷的な発見ではなく、先駆するすべての発見を覆してしまうような発見でなければなりません。(p.41)

・問いというのは、比較の対象があって初めて生まれてくるものです。一つしかないところには、比較がありませんから、差異の意識も生まれず、したがって、問いも生まれません。(p.42)

・疑問を見つけて、問いを立てるためには…第一番目に試みるべきは、過去にさかのぼってみることです。というのも、取り上げる対象がどんなに新しく思えても、ものには必ず歴史があり、過去の事象の積み重ねの上にその新しさというのは生まれてきているからです。過去にさかのぼって比較をすれば、現在、あたらしく思われている事象も、類似と差異の網目の中にすくい取ることができます。(p.48)

・しかし、対象によっては、いくら縦軸に移動しても、なかなか差異と類似が見えてこないものもあります…ところが、軸を移動するのはなにも縦ばかりとは限らないのです。横にずらしてみるという方法もあるのです。つまり、比較の時点を現在にとって...(p.53-54)

・ですからこれまでに立てたことのないところに問いを立てるとしたら…差異や類似の比較検討をして、ここには問いを立てられそうだと感じたら、その問いが果たして本質に届いている問いであるかどうかを、問題の解決に取り掛かる前に自己検証する必要があるのです。この段階を経ずに、いきなり論文に取り掛かったら、大いなる徒労に終わる可能性もあるのです...この意味で、新たに問題を立てるに当たって先人の残した研究成果を調べてみるということは不可欠な過程なのです。(p.64-66)

・しかし、だからといって、未踏の地を探して、そこに問いを立てようとするのは無駄かと言えば、かならずしもそうとは言えません。なぜなら、あらゆる問いがすでに立てられているかに見えても、かならず、未問の問いというのは存在するからです。それは、えてして、さんざんに立てられた問いのすぐ隣にあったりします。言いかえれば、繰り返されて立てられた問いを少し変えてやるだけで、まったく新しい問いになることもあるのです。(p.66-67)

・…自分がこれからやろうとしているのが、未開拓の分野であって、研究方法が確立されていないようなときには、他の既知の学問分野から構造把握の方法を借りてきて、これを観察した現象の分析に使うということがしばしばあります。(p.73)

・…ある分野で培った見立て力=構造把握力を、他の新しい分野にも応用し、そこに共通な型を見抜いて、問題を見つける。これが前人未到というよりも、前人未問の問いを立てるために必要不可欠の方法です。(p.77)

・問いを立てるのはコツがいる。だから、日頃から、日常生活の中で、常住坐臥、問いを立てる訓練をしておくこと…(p.87)

・一次資料というのは、人物や社会現象に関する、同時代に書かれて残されている資料のことです…二次資料というのは、こうした一次資料を用いて、後の世に行われた研究を指します…ところで、他人の著作である二次資料だけに頼るということは、非常に危険になります。というのも、二次資料というのは、一次資料を読み込んだ研究者が、その人の主観を交えて分類・整理・抜粋したものから議論を組み立てているから、どんなに公正を装っても、かならず、バイアスがかかっているからです…以上のことから…本格的な論文や本を書こうとしたら、ぜったいに一次資料に当たらなければならないということになります。(p.120-121)

・序論の役割は、なによりもまず、本や論文を手に取ってくれた読者に対して、この先も面白いですから読んでくださいと、お願いすることです。いいかえれば、序論とは、論文の書き手が自分で行う宣伝のようなものです…まず、どんなに固い論文でも、少なくとも序論は、幅広い読者を想定して書くべきだ…なぜかといえば、どんなに優れた論文でも、それを読んでくれる人がいなければ、あなたの考えは受け入れられないからです。論文というものも、一般の書籍と同じように、一人でも多くの読者の目に触れた方が勝ちだからです。(p.155-156)

・序論でもっとも必要なレトリックは、読者を驚かせることです。常識を覆すような疑問、定説に反するような問題提起、あるいは、こんなところに問題を立てられるのかと思うようなところに問題を立ててみせる、いずれにしても、読者を不意打ちして関心を呼び起こすことが、序論で要求されるレトリックです。(p.157)

・一般の読者の気を引くような、奇抜な呼び込みをやる。呼び込んだら、奇抜なだけではないんだよ、奇抜なように見えるけれども、実は非常に本質的な問いを目指しているんだよ、という正当化を行う。これがまず序論に必要なことです。正当化ができたら、次に序論でやるべきことは…自分のプログラムを紹介することです…これは、論文のように読むのに努力と忍耐を要する文章を手に取ってくれた人への礼儀です。そして、論文の方法論がはっきりしている場合は、段取りの説明の際に、それも断っておきます。(p.161-162)

・…序論で提起した「大クエスチョン」というものはいきなり答えを出すことができないからです…これを分解・分節して、順々に答えを出していかなくてはならないのです。(p.167)

・相手を納得させるためには、相手の出しうるであろう最高の反論に勝たなければなりません。自分の意見に対する最も強力な反論というものを予期して、それをクリアしなければならないのです。(p.181)

・…ある程度の結論が出そうになっても、そこで終わりにしないで、もう一度見直してみる。これが議論をより深いところへ進めていくコツです…結論を急がず、何度でも前提を確認して、問いなおして進んでいくと、より本質的な答えに行き着くことができるのです。(p.189-190)

・結論の書き方は…本論の議論で得た「小アンサー」を大きくまとめて、最終的な結論を出せばいいのです…本論で議論を進めるときには…最初の「大クエスチョン」とずれていないかどうか、常に確認しながら進むといいでしょう。(p.193-194)