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Mike's Blog

これまで読んできた本を引用を含めて紹介します。 Introducing books I have read including citation http://www.arsvi.com/w/km18.htm

林周二『研究者という職業』を読んで

 

研究者という職業

研究者という職業

 

研究者を目指される方の必読書です。以下に重要と思われる箇所を引用します。

・…昨今の研究者の卵の大学院生諸君らを見ていると、自分の所属キャンパス内にだけ閉じこもり、他大学や他分野の研究機関などへ、自ら進んで他流試合的な勉強活動のために、積極的に行こうとするふうがないようだが、内だけに閉じこもらず外部へも大いに進出し、自分の学問の幅を学際的に拡げ、ひろい実力を身につけ、若いうちに幅と深さとの両面で、研究者としての磨きをかけて欲しいと思う次第である。(p.18-19)


 [一]研究者たろうとする者は、世間に追随したりせず、自分独自のユニーク(unique)な研究テーマをもつべきだ、ということ。とくに戒めたいのは、流行りのテーマの尻だけを追っかけてはいけない、ということである。(僕からさらに一言付け加えていうと、研究者は自分の能力や得意・不得意の点をよく自覚し、それに見合った個性的な研究テーマを択ぶべきだ。能力を超えたり、能力以下のテーマに取り組んだりしてはいけない。)
[二]右の点を熟慮したうえで、研究上これこそは重要(essential本質的な)だと考えるテーマに取り組むこと…何が重要で本質的か、何が瑣末で末梢的かを見極めることは、研究者の眼力に関わる最も大切なことである。
[三]研究者たる者は、つねに開拓者精神でその研究活動に当たること。周到な計画性をもってその仕事に取り組み、いったん作業に入ったからには必ず成功する覚悟をもつこと…
[四]研究者は、じっさいに世の役に立つことを、自己の研究の主旨とすること。(なお「世の役に立つ」とは、空論のための空論を徒に弄ばないということであって、目先の世俗的・実利的な役にすぐ立つとの意味ではない。)
[五]狭い日本でより、広い全世界で、自分の学問や研究仕事が認められるように努力すること。研究者は活動の舞台を狭くでなく、大きく広く取るようにすること…
[六]研究者を志す人は、なるべく優れた立派な師を頼って、その下に就くよう努めること…
[七]これからの学術多様化時代に研究者が生きてゆくには、狭いタコツボ的な道場(=研究室)に閉じこもったりせず、武者修行的にいろいろな道場の門をたたき、他流試合つまり他部門や隣接部門研究者たちとの積極交流に努めること…
[八]研究者にとって研究の職場を五年ないし十年ごとに変えることは、研究環境の転換、したがって研究そのものの視野拡大に大きく役立つと考えること。(p.26-31)

・…職業としての研究者の仕事は...本質的にはまず個人の仕事だということである。…大部分の人たちは、なかなか本業だけでは独立して食べてゆけないことから、生活の資を得る方便上、企業のような営利法人や、大学のような教育機関などの組織に、何らかの形で身を寄せ籍を置き、そこでの仕事に従事することが常にしばしばありうる…ただ組織に入って、その一員に組み込まれれば、いかなる自由人といえども、組織の指令あるいは少なくとも意向にしたがって仕事をしなければならず、自分の好きなことばかりやっているわけにはいけない。(p.43-44)

・個人独立的職業人一般が組織職業人一般と本質的に違う点は、上述したことの他に、後者の人たちのような意味での定年などというものが、そもそもない点である。研究とか芸術とかの仕事も、本人がその仕事をやり続ける意思をもち、かつある程度にその道で実績を挙げていれば、一生涯とまでは無理でも、かなり高年齢までその仕事をやり続けることは決して不可能ではない。本人の心掛け次第では死ぬまで勤められる。(p.45)

・…若い修行の時代から研究のテーマを自分自身の手で掘り起し、研究生活を楽しむ経験をもったタイプの研究者たちは、高齢に達してからも概して何がしかの研究業績を出し続けている。これに対し、若い時代にその時代の時流的な研究テーマに飛びつく傾向の人とか、外部から(指導教授など上から)研究テーマを命ぜられ、それを忠実にやることだけに専念した人の場合は、年をとってから研究生活に方向をなくし興味を失い、研究のネタが尽きるなどして、新規の仕事を最早ほとんどやらなくなってしまうように思える…(p.50)

・日本の大学や研究や教育の質が劣悪で沈滞している近因、遠因的な理由はいろいろ考えられるが、僕はそれについて以下、三つの面から指摘したい。まず第一は、大学という組織における「競争のなさ」である…第二の問題は、国公立大学はじめ日本の大学組織では、そのトップ管理者たる学長に、大学という組織体の管理権、経営権(具体的には人事権や給与査定権)が全くなかったことである…最後の第三の問題点は、日本の大学ことに社会・人文系の諸学部では、大学院が育っていない(大学院教育が社会的に機能していない)ということに関する。(p.101-103)

・日本の大学での社会・人文系の研究者の伝統的な育て方というよりも育ち方をみると、多くのこれまでの日本の大学(院)は、世に広く活躍する研究者型人材を育てることよりも、どうやら「大学教員スタッフの後継者タイプの人材養成」を主として念頭に置いた後進の養成をしてきたように思える。その典型は、大学院生や助手を、一人の教授の個人指導下に囲いこみ、彼らの一人一人を単独でコツコツと研究させる手工業的なやり方で研究論文を作成させ、一人前の学者に育て上げる方式であった。こういったやり方には、むろんそれなりの長所もなくはないが、多くの場合、結果的には指導教授の学風や関心分野を縮小再生産させたような後継者を生み、若い研究者たちの研究関心枠をいよいよ狭くさせ、研究課題をますます細分化へと追い込む結果を生むことになりがちである…このような雰囲気下では、指導教師に学問上の反旗をひるがえす元気のよい研究者は育ち難い。したがって、実社会で広く活躍し貢献する若い意欲的な研究者層を数多く世に送り出すためには、大学院では上述のような単一教師による個別指導方式の対極ともいうべき複式の教育方法、多元的な研究環境を積極的に造出することが、これからはどうしても必要である。すなわち、そのためにはさまざまな学風をもつ複数教師による共同指導制の導入、複数研究者同士による共同研究の活発化、学問分野の細分化を補うための異分野研究領域間の交流を図る、などすることで、若者たちの所属「道場」内での修練だけでなく、彼らを他流試合の広い場へと送り出してやることが必須である。こういった他流試合のうちには、むろん海外研究者たちとの、幅広い国際交流活動を含む。(p.108)

・…研究助成のあり方は、研究費目という会計費目を会計的に不正なく使ったかどうかについてのチェックは、この国では必要以上に厳しく杓子定規に行われているが、研究成果そのものの内容評価は、自己評価、外部評価を含めて、そこでは十分に行なわれていない。総じて、研究費だけでなく、あらゆる事象についての客観的評価がないのが日本の社会である…少ない予算の分取り合戦は熾烈だし、また予算の使用規定は煩雑を極めるから、科学研究者たちは、研究活動そのものに対してよりも、研究費をめぐる不生産的な雑務に研究時間を空費することにもなる。雑務や会議も多く、大学教授の場合など、その分だけ教育、研究が疎かになる。(p.112-113)

・研究者の人的市場(労働市場)が確立していないのも、わが国社会の特徴である。これは組織間の人材移動が少なく、また給与体系が固定的なこととも関係があり、両者はそれぞれ因果関係をなしている。(p.113)

・…これから未来へ向けて学術研究を志そうとする若い人たちは、まず第一歩として過去の学術成果の全体を手際よくマスターし、自分のものにする力量が求められる。その上に立って研究の新しい領域を切り開いてゆくことが要求されるわけである。また、どんな学術世界でも毎月毎期発行されるその分野ごとの学術誌(journal)…に眼を通すことも必要で、それだけでも、なかなか骨が折れる。したがって、職業的学術研究者は、まずふつう一般の職業人たちよりも一段階優れた知的理解能力、吸収能力が必要である。(p.133)

・…職業研究者が必要とする個別的な素質ないし能力として、三つの要素…その能力とは、第一は、事物に対する行き届いた「鋭い観察能力」である。第二は、「理論を構築する能力」である。これは学問上の仮説を提示する力と言い換えてもよい。第三は、得られた観察資料にメスを加える「分析能力」である。(p.134)

・なお人は、研究上のアイデアだけでなく、何かを思い付いた場合、すぐその場でメモしておかないと、折角の良いアイデアでも忘れてしまう。およそ人間のこの種の瞬間認知のようなものは、すべてその場ですぐ記録しておかないと、記憶から消してしまうものであることは、心理学の教えるところである。(p.147)

・若い研究者として今日、誰にも求められる自己投資としては、まずあらゆる研究活動の基本資産ともいうべき外国語による研究論文作り、および数量系諸技法…の基本技を身に付けることである。理工系だけでなく、各種資料、データ類の数理処理作業は、社会・人文系すべての実証的な研究論文作成にとっても不可欠である。(p.171)

・…研究者はどうしたら研究上の問題を発見できるかにつき、そのための心掛けのようなものを、幾つか考えてみよう…まず第一は、どの分野でもそうだが、これまでの研究者が通説と考えている命題や事実を疑ってかかることである…つぎに第二に、問題発見の途としては、まず同じ問題に迫るにしても、これまでの研究者の伝統的な見方、やり方とは違う角度から問題に迫ることを考えたい。それは「物事を裏返してみる」とか、「これまでは皆が縦から見ていたものを、改めて横から見直してみる」とか、「上から見ていたものを下から見る」ことである…さらに第三。問題を見付けるさらなる途は、これまで多くの研究者が全く、あるいはほとんど手を付けていない領域や分野に着目し、それを新規に開拓することである。(p.207-208)

・…問題を発見する第一のポイントは、まず研究者はとにかく頭のなかだけで問題を捻くるのでなく、必ず現場に飛びこみ自分の眼でモノを見、自分で質問などもしてみて、そこから問題を掘り起すように努めること…さらに第二には、研究者たるもの常に研究上の新しい仲間を作り、議論の仲間を増やす心掛けが欲しい。いつも同じ研究仲間とだけ顔を合わせていると、どうしても研究視野が限られてしまう。第三には、研究者は自分の専攻とは全く別な分野の書物とか雑誌などにも、折にふれて眼を通したい。そこから研究方法のうえなどで新しいヒントが見付かるとか、成果の分析法に関し教えられたりする。(p.209-210)

・独学で斯学の頂点をなした鬼才の建築家・安藤忠雄東京大学教授)は、その数々の作品の成功秘訣として、「実物を見てとことん考えてみることだ」と述べている。「著名な建築物の実物を近くで見ながら、なぜこうなんだ、どうしてこうなんだととことんに考えることが大切だ」と彼はいう。「ものを見ていると、誰もが教えてくれないことや、本に書いてないことが、そこに書いてある」ともいう。(p.211)

・社会研究における面接取材や観察研究法については…研究者は取材に練達した先輩研究者のお供をして、取材のコツをそこで盗みとり、さらに自分でも訓練をつんでゆかなくてはならない。(p.217)

・およそ対話によって他人から何か話を聞き出したいときは、ただ先方の話を黙って聴く姿勢だけでは駄目で、当方側もまた相手の興味をもちそうな話材を、対話のあいだに繰り出し、相手にうまく誘い水を向けることが必要だ。つまりギブ・アンド・テイク。(p.218)

・…内外の工場とか農村などの現場訪問、現地探訪などの場合、ただ一ヵ所だけを訪問し、レポートをそれだけで締め括るのは大変危ういということである。できれば同じような場所を何ヵ所か(少なくとも二ヵ所)を訪問し、両者を比較考察してみることが必要である…二つ以上を比較してみることで、両者の共通点、類似点、相違点を、君は必ずや発見することができるはずである。(p.220)

・…とくに若い研究者の場合など、「これは」と思ういろんな学会やシンポジウムなどの集まりに常に心掛けて顔を出し…よい研究発表をするとか、鋭い質問を繰り出すとかして、君の旗を振っておくこと…(p.227)

・…学会という場は、若い研究者の品評会の場であり…そこで優れた内容の研究などを巧みなプレゼンテーションで行ってみることで、学会のボス連の先輩に君を印象づける。それが君の出世、スカウトの機会に繋がる。大先生たちが学会へ顔を出す目的の半分は、若い人材のスカウトの下見作業のようなものだから、その積りでいないさい、と。(p.227)

・スピーチで大切なことは、聴き手の関心や水準を考え、それに合わせて判りやすく話すこと。ジェスチュアを巧みに使うこと。ユーモアがあること。演術中は聴衆の顔を見て話し、台本やメモは、なるべく見ないこと。与えられた制限時間を厳守すること、などである。(p.242)

・人が折に触れて広く東西の古典に接することは、彼がその教養を培ううえで必須である。なぜなら古典とは、歴史の風雪に耐えて現代に受けつがれた先人たちの知のエッセンスのようなものだからである。(p.248)