Mike's Blog

これまで読んできた本を引用を含めて紹介します。 Introducing books I have read including citation http://www.arsvi.com/w/km18.htm

吉原真里『アメリカの大学院で成功する方法――留学準備から就職まで』を読んで

 

アメリカの大学院で成功する方法―留学準備から就職まで (中公新書)

アメリカの大学院で成功する方法―留学準備から就職まで (中公新書)

 

少し古い本ですが、アメリカの大学院留学を目指す方におすすめの1冊です。以下に重要と思われる箇所を引用します。

 ・アメリカ留学によって得るものの多い人とはどういう人だろう。すでにある程度の勉強を積んでいて、さらにアメリカの大学院で幅広いトレーニングを受けたい、という人には留学はとても実り多いものになるだろう。日本の大学院に在籍している人や、ある分野で数年間の仕事の実績を積んだ人がこれに該当する…また、研究者になるためのトレーニングをこれから始めようという人で、日本よりもアメリカのほうが発達している分野、あるいはアメリカのほうが勉強のための環境がととのっているような分野を志している人は、アメリカの大学院に行くのが賢明だろう…あるいは、研究職に限らず企業や官庁で仕事をしている人で、これからの仕事のためにより専門的な知識や技術を身につけたい、そのために一時的に日常の業務から離れて大学院で集中的に勉強したい、という人も、アメリカで勉強することで得られるものは大きいだろう…この人たちに共通するのは、アメリカ大学院に行くための明確な目的と、アメリカ大学院で勉強しようとする分野についてある程度の予備知識をもっているということだ。(p.5-7)

・では逆に、大学院留学を考え直したほうがいいと思われるタイプを挙げよう。
①基礎的な勉強の技術が身についていない人
まず、大学院レベルの勉強とはなにかがわかっていない人。こういう人は、留学を考える前にしばらくじっくり日本で勉強するのがよい…まずはある程度日本で大学院レベルの勉強をしてみて…自分が本当にそれをやりたいかどうか考えてから、留学を具体的に検討するべきである。そして、日本にいる間に基礎的な勉強の技術を身につけることだ…では、「基礎的な勉強の技術」とはなにか。文系で言えば、例えば、本の読み方。大学院で、本を読んでそれを批評するというのは、内容を要約…するのでもないし、ましてや感想文を書くのでもない…研究者として読むには…著者の議論を正確に把握し、使われている分析手法の長所短所を見極め、先行研究および現在学界で行われている議論の文脈において、その研究がどういう意義をもつか評することが求められる…研究者としての対象への接し方の基本くらいは理解しておかないと、授業にまったくついていけないであろう。それから、...ペーパー(要するに、論文)の書き方…論文の書き方については、日本でもさまざまなハウツーものが出版されているし、研究書や論文の類をある程度読みこなせば、少なくとも形式は理解できるはずである。
②英語力が足りない人
そして、基本的な英語力が不足している人…特に文系の場合、一日一冊くらいのペースで研究書を読みこなすことができなければ授業についていけないのである…授業は英語で行われる。ただでさえプレッシャーの高い雰囲気の中で、教授やクラスメートの言っていることを理解し、英語で自分の考えをまとめて発言しなければならない。そして、先にも述べたペーパー書き…コース・ワーク…をやっているあいだは、一つの授業だけでも全部で三〇ページくらいのペーパーを書くことが要求されるのが普通だし、なんといっても修士論文や博士論文を書く段階になったら、数百ページの論文を英語で書かなければならないのだ。自分の英語力でそれが可能かどうか、よく考えてみてほしい…
③柔軟性に欠ける人
性格面で言うと、頑固な人。アメリカの大学院での勉強は内容も形も日本のそれとは全然違うのであるから、今までやってきたことをとりあえず捨てて、一からやり直すくらいの気合いと柔軟性をもっていないと難しい…また、自分の能力に大きな自信のある人…留学してみて勉強が思うように行かなかったときに一段とショックが大きい…助けを乞うのが苦手な人、嫌いな人も、アメリカの大学院にはあまり向いていないと思う…
④身体や神経が極度に繊細な人(p.7-12)

・…どんな大学が自分の分野に関連した研究施設を豊富にもっており、どんな研究者がどの大学にいるのかを調べ、それぞれの大学でどのような大学院教育が行われているのかを知る必要がある。今はインターネットの発達でそうした情報は簡単に入手できる。こうしたリサーチは、自分の分野の研究動向を把握することにもつながり、それだけでも有益であるから、手間を惜しんではならない。(p.22)

・自分の分野で立派な研究をしている教授がいる大学に行くことは大事であるが、それと同時に認識しておかなければならないことは、「有名な教授がよい教育者であるとは限らない」ということである。さらに一歩進めて、「有名な教授が多数いる大学が、大学院生にとって幸せな環境であるとは限らない」とも言える。第一線の研究が教育の現場を活性化させ、また授業や学生との交流を通じて研究者は新たなアイデアを得る、というのが大学の理想ではある。しかし、現実の教授の日常においては、研究と教育というふたつの活動は、大変異なる目的と性質をもっている。両方を立派に成し遂げる能力と意欲をもっている教授もいるが、実際は、大学院生がそうした立派な教授の存在の恩恵をこうむれない場合が多い…もちろん、教育に情熱をもち、研究の神秘と興奮を伝え分かち合うべく、学生と日々多くの時間を過ごす研究者も大勢いる。特に、リベラル・アーツ・カレッジと呼ばれる、学部生のための一般教養教育に力を注ぐ比較的小規模の大学に行けば、そうした教授の割合は高くなる(ただし、リベラル・アーツ・カレッジの多くは、大学院をもたない)。しかし、研究に重きをおく総合大学では、教員のテニュア…や昇進の審査において、教育実績よりも研究成果が重視されるのが普通である。自らの保身や出世のための単純なコストパフォーマンスの点から言えば、学生の指導に時間を注ぐよりも、自分の研究にエネルギーを傾けたほうが賢明なのである…では、どうしたらいいのか。自分の興味のある研究をしている教授を見つけたら、その教授の教師としての評判を調べてみよう。そうした評判は、実際にその教授について勉強した学生に聞くのが一番である。その学部のオフィスに連絡して、「私はX教授のもとで勉強するためにそちらの大学院に応募することを考えているが、ついてはX先生に指導を受けた学生に体験談を聞きたいので、過去あるいは現在X先生が指導している学生数名のの連絡先を教えてもらえないだろうか」と言えば、親切なスタッフなら教えてくれるかも知れない。こうしたことも、今はeメールで簡単にできるのだから、大いに活用すべきだ。さらに、「教授は動く(ことがある)」ということも念頭に置いておくべきだ。著名な学者ほど、よりよい給料、よりよい研究環境を約束されて、他の大学に引き抜かれていく可能性が高い。(p.22-25)

・留学生が外国で生活しながら厳しい大学院生活を何年も続けるにあたって大事なのは、教授との関係もさることながら、いろいろな意味でのコミュニティである。大変な勉強を助け合いながら一緒にする仲間、わからないことを相談できる先輩、留学生に特有の辛さや悩みを理解してくれる相手、そしてなにより、「自分はここに属しているんだ」と思える交友関係の輪。そうしたものがないと、アメリカでの大学院生活はとても孤独で苦しいものとなる。(p.26)

・…アメリカ生活において、車をめぐるストレス、あるいは車がないことからくるストレスは、馬鹿にできない。車を運転する気がまったくないなら、公共交通機関の発達した大都市の大学に留学すべきである。(p.31)

・どんな分野でも、もっとも一流とされている学部の博士課程の入学審査は、数十倍の倍率であることが多い。名門校ばかりに応募しているとどこにも合格しない可能性があることを考えて、どうしても留学したいのなら、次のランクの大学を数校、あるいは修士課程にもいくつか応募しておくのが賢明かも知れない。(p.34)

・…自分の応募しようとしている学部に、どういう形の財政援助がどれだけあるのか、きちんと調べることが重要である。(p.36)

・大学自体が提供してくれる財政援助が唯一のおカネの源ではない。政府や各種団体が母体のさまざまな奨学金で、特に大学院レベルの留学を対象にしているものがいくつもある…各種の留学ガイドや、日米教育委員会、また日本の大学の担当係で、そうした情報は手に入る。応募資格のあるものなら、どんどん応募するべきである。受かれば、もちろんおカネの面でも大いに助かるが、それに加えて、大学に応募する時点で奨学金をもらえることがわかっていれば、入学審査に際しても大きなプラスになる。審査する大学のほうにも、「こんな立派な奨学金をもらう学生なら、優秀に違いない」という心理が働くし、大学側の財政負担がその分軽くなるからである。/数は少ないが、アメリカに本拠のある機関が外国からの留学生のために出している奨学金もある。また、これから大学院に行こうとする人だけでなく、すでに大学院に在籍している留学生むけの奨学金や、博士論文の研究のための助成金なども存在する…だから、入学前に奨学金にありつけなかったからといって、必ずしも絶望することはない…一方で、立派な奨学金を初めの数年分手に入れたからといって、楽観はできない。博士号を取得するまで大学院にいるつもりなら、…残りの何年かは、TAなどをして生活費を工面しなければならないだろう。(p.34)

・筆記試験や面接によって選考がある日本の大学院と違って、普通、アメリカの大学院の入学審査はすべて書類選考である…一般的に、応募書類は、いくつかの要素から成り立っている。ひとつは、学部時代(大学院にも在籍したことのある人は、大学院も)の成績証明書…次に、TOEFL(Test of English as a Foreign Language)およびGRE(Graduate Record Examination、ロースクールの場合はLSAT<Lawschool Admission Test>、ビジネススクールの場合はGMAT<Graduate Management Admission Test>)の点数…特にTOEFLに関しては、大学や学部の側が入学のための最低点を設定していることが多いので、それをクリアしていなければ問題外である…応募書類の中で一番重要視されるのは、エッセイ(Statement of Objectives)である…エッセイが内容の濃い、形式もしっかりしたものでなければ、高レベルの大学院に合格するのは難しい。逆に、多少点数が悪くても、エッセイがとてもよければ、かなり好材料になる。応募の準備にあたってどこに一番努力を集中すべきかと言えば、間違いなくエッセイである…一般的には、これからその大学院でなにを勉強するつもりなのかを述べよ、という大まかな指示があるだけである…通常、以下の項目は必ずカバーしておくべきである。まず、これからその学部に入って、どんな分野を専門にし、どんな内容の研究をしていきたいと思っているのか、具体的で焦点を絞った説明をすること。これには、いくつかの目的がある。一つには、自分がこれからしようとする研究について真剣かつ具体的に考えており、それについて明瞭に述べる能力があることを示すこと。二つには、自分がその分野の基礎知識をある程度はもっていることを示すこと。このエッセイで述べることは、拘束力があるわけではないので、大学院に入ってから興味が変わって別方向の研究をすることになっても構わない。それより、今の段階での知識と思考力が有効に示せればよいのである…いずれ修士論文や博士論文で取り扱いたいと思っている研究テーマを、具体的に述べるのも大切である…これも、あくまで現時点での自分の興味の範囲と思考能力を示すのが目的であるから、数年後にまったく違う論文を書くことになったとしても、誰も文句は言わない。ただし、ここで注意しておきたいことがある。興味の焦点が絞られていることを示すのは大事だが、あまりに絞られ過ぎていて、他のことを広く勉強する意思がなさそうに見えるのは困りものである…アメリカの大学院では、初めの数年間は、広い土台づくりのために幅広い授業を受けさせられる。このコース・ワークを通じて、これまでその分野でとりあげられてきたさまざまなテーマやアプローチを学び、自分が専門とするエリアを定めるための基盤とするのである。そして…資格試験では、自分の選んだ分野で入門レベルの講義から大学院レベルのセミナーまで教えられることを示さなくてはならない。要するに、幅広い勉強と、オープンな頭が要求されるのである。だから、論文で扱いたいテーマがすでにはっきりと頭の中にある場合も、それをより大きな文脈の中に位置づけることが大事である。さらに、それを研究するためには自分はこれからどういう分野の勉強をする必要がある、ということまで説明できるととてもよい…次のエッセイで示さなくてはならないのは、自分が、大学院のレベルでその分野の勉強をするために必要なバックグラウンドをもち、さらに…研究テーマを遂行する能力がある、ということである。一番手っ取り早い説明は、学部(大学院にすでに在籍している人なら、大学院)での自分の専門である。なにを専攻し、どんな授業をとって、卒論ではなにを扱ったのか、といったことを具体的に説明しよう…バックグラウンドや能力は、必ずしも学問に根ざしていなくてもいい。大学外のさまざまな経験、これから取り組もうとする研究に関係のあることなら、きちんと説明するのがよい…学部時代の専攻とこれから勉強しようとする内容が大幅に違う場合や、これまでしてきた勉強や仕事が応募している学部の内容と関係ないように見える場合は、なぜ自分がその分野に興味を持つようになったか、そしてその分野の勉強をどのようにしてきたか、ある程度説明する必要がある…次に、なぜその大学・学部が自分にとってよいと思うのか、これも具体的に書く。応募先大学院を選ぶにあたって、それぞれの学部が強みとしている分野や教授の顔ぶれなどを調べているはずであるから、そうした事項を述べる…また、学部そのものとは直接関係がなくても、その大学の図書館が所蔵している資料が自分の研究テーマに欠かせないとか、大学のある都市や地域が自分のテーマと密接に関係しているといった場合も、そのことを述べておくべきである。エッセイは、ポイントを押さえ、明瞭で具体的かつ簡潔に書いてあることが重要である。これからしようとする勉強に関係のないことは書かなくてよい。書くとかえってマイナスになることもある…だらだらと長いのも、読むほうは面倒なだけである。語数制限を設けてあるところもあるが、なければ大体五百語くらい、どんなに長くても七百五十語以内にまとめるべきである。(p.38-47)

・アメリカの大学院の応募書類には、普通、推薦状が二通か三通は必要とされる。推薦状は応募書類の中でもかなり重要度が高い。応募者についての専門家の評価が得られるからである…これを自分に有利に働かせるためには、推薦状を頼む相手を慎重に選ぶことが肝心である…まず、学生そして研究者のたまごとしての自分の資質を評価できる立場にある専門家であること。大学時代の指導教授に頼むのが一番自然である。指導教授でなくても、ゼミや少人数の授業で個人的に指導を受け、授業で自分が担当した発表や、自分が書いたレポートのことを、具体的に覚えている教授ならよい。多少専門分野が違っても構わない。あなたの思考能力、情報処理能力、分析力、想像力などについて評価でき、あなたの勉強に対する態度についてコメントできることが大事なのである。大学を卒業して久しく、教授と個人的なつき合いがない場合や、特定の指導教授をもたなかったような場合はどうしたらよいか。二~三通の推薦状のうち、一通は、会社の上司といった立場の人のものでもよい。あなたの一般的な仕事能力や、関連分野における実務経験や、人柄や人格についての評価があればよい。しかし、少なくとも一通は、やはり研究に関係した人の推薦状がほしい。そういう知り合いがいない場合でも、たとえば、どこかの大学で聴講生や研究生として授業を受講するなどして、関連分野の教授と知り合いになることは可能であろう。そうした手段を講じるには、その分長い準備期間が必要になるから、計画的に考えよう。(p.47-48)

・多数いる学生や元学生の中からあなたのことについて思い出し、きちんとした具体的な推薦状を書くためには、数時間もかかることがある。…最低でも締め切りの数週間、できれば一ヵ月前にお願いしよう…大学院の合否がわかったら、その結果と自分の選択を、推薦状を書いてくださった先生に報告し、改めてお礼を言おう。(p.49-50)

・本当に推薦したい学生の合格の可能性を高めるような推薦状を書くにはどうするか。まず、「よい」推薦状は、それなりの長さであるべきだ。一~二パラグラフしかない推薦状は、推薦者の熱意の欠如と受けとられる…短くてもシングルスペースでA4またはレターサイズまる一枚はなければならない…まず、どういう状況であなたがその学生を指導したのか…を説明する。そして、その指導の過程で、あなたが観察したその学生の資質をなるべく具体的に述べる…そうしたコメントにより説得力をもたせるために、その学生の発表やレポート、卒論などの内容について、具体的に説明し、その長所を述べるのが重要である…ひたすらべた褒めするよりも、少しは短所も入れておいたほうが、推薦状としての説得力が増し、長所がより引き立つという場合もある。(p.51-54)

・大学院の授業で読むような研究書で、しかも出版されてから数年以上たった本なら、各種の学術雑誌ですでに書評が出ているはずである。書評は、本の内容を紹介するとともに、関連分野での議論の中に位置づけ、さらにその研究の長所や問題点を簡潔に説明してある…一冊の本について何種類かの書評を読めば、概要はつかめるはずである。実際に自分で本を読み始める前に、こうした書評を読んでおけば、本になにが書いてあるのかもわかるし、その議論にどういう意義があるのかもわかるので、理解が速くなる。学術雑誌の書評というのは索引化されているので、図書館に行ってその分野のデータベースを検索すれば、書誌情報が出てくる。(p.66)

・さて、実際に本を読む段階ではどうすればよいか。最初から最後まで読み通すことが無理ならば、まず本がどのような構成でできているのかを理解し、その本のもっとも肝心なポイントをきちんと把握できるように、選択的に力を入れて読むことが大事である。普通、研究書では、序章でその本がとりあげるトピック、そのトピックの意義、使われている方法論、そして著者の主な議論が簡潔に説明されている…この序章は本の中でもっとも重要な部分である。だから、多少時間が余分にかかっても、この部分はじっくり熟読するべきである。ここで本の議論をきちんと把握しておけば、本の中身を読むときにも全体の見取り図が頭に入っているので理解が速くなるし、全部読み通せなかったとしても、少なくとももっとも重要なポイントはつかめている…結論がある場合には、それも熟読するべきである。普通、ここで著者はおもな議論を再び述べ、中身の章で展開した分析や先行研究、現代事情などの文脈に位置づけて、その意義について検討する。ここもとても重要である。まず序章をじっくり読んだら、中身は飛ばして結論を先に読むのがよい。そうすれば、著者の議論を二回読むことになり、中身の章を読み進めるにあたってどこに重点をおいて読めばよいかもよくわかるだろう。本の中身を読むときにも、英語の文章の組み立てを理解しておくと比較的速く読める…基本的には、一つのパラグラフでは一つのアイデアが提示されており、各パラグラフの内容は、トピック・センテンスと呼ばれるパラグラフの最初の文に要約されている。そして、パラグラフの残りの部分で、そのアイデアを証明するような事例や分析が示される…英語の文章の基本構成はこうなっている(だから、自分がペーパーを書くときも、これをしっかり頭に入れて書かなければだめだ)…ここで述べた読み方の基本の先にあるのは、ひたすら多読を重ねることで読むスピードを上げることしかない。(p.66-68)

・授業で課された本を速く読みこなすためには、先に述べた技術的なことに加え、やはり、本に書かれている内容を理解するための予備知識がなければならない…その本の前提となっている理論的枠組みや先行研究…などについての基本的な知識がなければ、なにがなんだかさっぱりわからないだろう…こうした場合に、急場をしのぐためのお助けグッズが何種類か存在する。たとえば、学部生を対象に書かれた、いわゆる「教科書」…こうした教科書は普通、第一線の研究をふまえた形で、初心者にもわかりやすい平易な文章で重要な情報を網羅している…夏休みや冬休みを利用して教科書を通読しておけば、大体の基礎知識ができる…それから、あるテーマや分野における代表的な論文や本の抜粋を集めたアンソロジーの類…とりあえずはそこを読めば最低のポイントぐらいはわかる…その他にも、自分にあまり馴染みのない分野では、いろいろな「入門書」が役に立つ…各種の事典も重要だ。(p.69-71)

・…「ディスカッションへの貢献」とは一体なにで、教授は学生になにを求めているのだろうか…まず、聞かれていることに答えること…次に、発言は具体的にすること…個々の事例や分析と、本全体の議論、そして授業でなされているディスカッションとのあいだの相互の関係をふまえた上で発言しよう。それから、他の学生の発言をよく聞くこと。…より難しく、より意味があるのは、他の学生のアイデアをしっかりと汲み取り、それから学ぶべきことを学んで、そこからさらに話を進めるような発言をすることである。これができるためには、謙虚さとオープンな思考が必要である。(p.74-76)

・普通、セミナーにおいて成績の一番大きな比率を占めるのが、学期末に提出するペーパーである…セミナー・ペーパーの目的は、学術論文を書くということはどういうことかを学び、内容もそれなりにしっかりして、体裁もととのった論文を書く練習をすることにある。セミナー・ペーパーの段階で、資料の集め方や分析の手法、論理的な文章の書き方などをしっかり学んでおくことが、いずれ修士論文や博士論文を書くときになってものを言うから、手を抜いてはいけない…一般的に、日本の大学では、卒論指導などは多少あっても、もっと基本的なレベルでの論文の書き方などの指導があまり行われない…論文の書き方については、日本語でも英語でも数多く実用書が出版されているので、大学院での勉強を始める前に…ペーパーで求められていることをきちんと理解しておこう…きちんとした論文を仕上げるポイントの八割は、トピックの設定にあると言える…トピックを設定したら、素材としているデータなり資料をもとに、自分なりの分析を展開し、そこからはっきりと独自の命題を引き出して提示しなければならない…内容とは別に、論文としての体裁をととのえていないものも駄目である。英語の論文の構成は…まず序文の部分で、トピックを提起するとともに、これから証明する議論を明快かつ簡潔に述べる。本文で、その議論を証明すべく、資料やデータの分析をする。結論の部分でもう一度、その議論を、多少言葉を変えて述べる。数学の証明問題の解答と同じ組み立てで書けばよいのだ…どこからか引用してきた資料やアイデアを、脚注なしにまるで自分が生み出したかのように書くのは、剽窃である…著名な研究者が、剽窃あるいは剽窃ととられる行為をした場合には、大学の職を追われ、学界での地位は失墜し、さまざまなメディアで大きくとりあげられてスキャンダルになる…脚注のつけかたや、引用文献一覧が、きちんと統一された形式にのっとっていないのも、論文としては不可である…最後に英語の問題…平均的な日本人学生のペーパーは、 もっと基本的なレベルで、文法や言葉の遣い方に数多くの間違いがある。そうしたものを提出するのは、自分の成績にかかわるだけでなく、教授に失礼である。アメリカの大学には、たいていライティング・センターといったものがある…こういう施設を利用しない手はない。(p.77-82)

・コース・ワークに続いて、アメリカの大学院ならではの大きなハードルが、資格試験である…これは、コース・ワークを終えた博士課程の学生が、博士論文にとりかかることのできる資格を得るための試験である…プログラムによって内容や形式にだいぶ差があるが、資格試験は基本的に、自分が選択したいくつかの専門分野において、本格的な研究を行い、大学レベルで授業を教えるのに必要な、包括的な知識があるかどうかを審査することが目的である…無事に資格試験を通過したら、試験を受けた分野を自分の「専門分野」として履歴書に載せることになり、この分野でなら一通りのことができます、ということになる。(p.84-87)

・トピック選定でなにをおいても大切なのは、これからの数年間、すべてをかけるだけの情熱を自分がもてるトピックを選ぶということである…たいていの人は、博士論文を書いたあとに、就職して研究生活を送るつもりでいるであろうから、それを可能にするようなトピックを選ばなければならない…いくつかの分野にまたがる学際的なトピックで、それぞれの分野で立派に通用するようなレベルの研究であれば、論文が扱っている分野のすべてに自分を売り込むことができる。(p.103-104)

・研究のためには、なにかとおカネが必要になってくる。資料収集、リサーチ旅行、実験機材といった、研究に直接かかる費用の他にも、なんといっても論文を書いているあいだに自分が食べていくためのおカネがいる…アメリカにも日本にも、大学院生のための奨学金や、博士論文の研究・執筆のための助成金が多数存在する…とはいえ、こうした助成金は概してどこも競争率が高く、実際にもらえる確率はかなり低い...では、なぜ多くの時間と労力をかけて応募書類を揃え、そんなに確率の低いものに応募するのか。まず、応募書類を書くことが、論文のアイデアを自分の頭の中ではっきりさせるのにとても役立つからである…学外の人を相手に自分の研究の意義を明快な文章で説明するのは、自分の考えを整理するためにも勉強になる。また、こうした助成金の審査には、各分野の著名な研究者があたっていることが多いから、そういう人たちに、自分の研究の存在を知ってもらうだけでも、貴重なネットワーキングになる。仮に助成金はもらえなくても、その分野の第一線で活躍している教授が自分の応募書類を目にすれば、将来、学会のパネル参加や学術雑誌や本への投稿など、仕事がまわってくることもありうるのである。そして、副次的なことだが、たくさん応募して、たくさん落ちることに、論文執筆の段階で慣れておくことは大事だ。これから先、就職先に応募したり、就職してからも各種の助成金に応募したりするときにも、単純に確率から考えて、落ちる可能性のほうがずっと大きいのだ…たくさん応募して、たくさん落ち、ラッキーだったらそのうちの一つか二つに受かる、というのが普通の状態だ、ということを今のうちに体験しておくと、精神的に強くなれる…奨学金助成金についての情報は、専門のオフィスが大学にある場合が多いので、そこに問い合わせれば相談に乗ってくれる。また、各分野で、皆がよく応募するものや、格式が高いとされている助成金があるので、指導教授や先輩・同級生などからも情報を集めるのがよい。(p.116-118)

・...勉強会...数人の大学院生がグループを作って、定期的に集まり、順番に論文の草稿を前もって全員に提出しておき、ミーティングでは皆がそれを読んできてコメントを提供するのだ…まず締切ができる。定期的に自分の番が回ってくるので、それまでにとにかくなにかを書かなければならない…はっきりした締切を設定して、それまでに完璧でなくてよいからとにかく人に見せる文章を作り、仲間のコメントをもらう、それがポイントだ。それから、読者が得られる…他の人に読んでもらえば、議論の筋が通っているかとか、分析に説得力があるかとか、文章が論理的でわかりやすいとか、客観的なコメントをもらえる。なんといっても、毎日一人孤独にやっていることが、自分一人と委員の先生だけのためのものだけでなく、興味を持って読んでくれる人がいるんだ、という気持ちになれる。そして、論文書きという作業は段階的なものだということがわかる…勉強会で、他のメンバーの草稿をたくさん読み、まだまだラフな岩石である草稿から文章も磨かれた完成品に近いものまで目にすると、どんなに優秀な人でも、いきなり初めから玉のような言葉を次々にコンピューターに打ち込んでいくわけではないんだ、ということがわかるはずだ…なんといっても勉強会の一番の利点は、コミュニティができる、ということだ…定期的に集まって話をするだけで、孤独感はずっと減少する。苦労しているのは自分一人ではない、ということもわかる。助け合う中で連帯感も生まれるし…共同意識もできる…せっかくの勉強会を成功させるためには、いくつかのポイントがある。第一に、勉強会はお互いをサポートするためにやるのだ、という意識をメンバー全員が共有すること…第二に、グループのサイズを適当に保つこと…一番よいのは、四~六人くらいではないかと思う…必ず毎回参加するメンバーに限ること。第三に、スケジュールを決めたら、それをなにがなんでも守ること…こうして、自分たちに厳しく、かつサポーティブなコミュニティを維持していくことが、勉強会成功の秘訣である。(p.128-132)

・...アメリカの大学の仕組みを学んでおけば、その長所や問題点などが見え、いずれ日本の大学で仕事をするときにも役に立つだろうし、日本に帰った後でもアメリカの学界で仕事を続けていくためにはどうしたらいいか、ということがわかる…大学院生にとって当面一番役に立つのは、大学が新任教員を採用するときのプロセスを観察しておくということだ…就職面接での研究発表とはどんなものなのかを見ることができれば、自分が就職活動をするときの準備になる。また、話し合いのプロセスを観察することで、採用する側は候補者にどんなことを求めているのかがわかるし、どのような過程を経て選択がなされるのかを垣間見ることができる…アメリカの大学に就職する気持ちが少しでもあるのなら、観察しておくべきなのは…テニュアの審査や昇進の仕組みである…より本質的なのは、アメリカの大学で働く研究者の仕事のありかたを学ぶ、ということだ。(p.168-171)

・一般論としては、大学院生のあいだに学会発表を数回経験しておくのはたいへんよいことである。発表のメリットはいくつもある。学会発表は普通、長くても二十分か二十五分くらいと決まっているので、自分の研究を簡潔にまとめて、わかりやすく説明しなければならない。だから、発表原稿を書く過程で、自分のアイデアやデータを整理するきっかけになる。また、生の聴衆を相手に発表し、質問やコメントを受けることで、自分の研究のどんな点に人は興味を持ち、どんな点がわかりにくいと思うのかがわかる。自分が考えていなかったような視点を得られることが多いし、自分が知らなかった情報や資料を聴衆の誰かが教えてくれることもある。そして、学界というのは人脈を広げるための場である…自分の研究の存在を世に知らしめるという点では、学会発表はとてもよい。なんといっても、大学院生にとっては、学会発表というのは、貴重な業績になる…学会発表をすることになったら、そのルールをきちんと守らなければならない…第一のルールは…約束通りきちんとそれまでに原稿を用意すること…第二のルールは、発表に与えられた時間を守ること…発表時間はあらかじめわかっているのだから、それに合わせた長さの原稿を書き、時間を計ってそれを読む練習を何度もして、きちんと時間内に終わるよう調整するべきである…第三のルールは、パネル形式の発表の場合、自分のパネルの他の発表を熱心に聞き、議論に参加すること。(p.178-181)

・学会とともに、学術雑誌は研究発表の主な場である。学会発表はその場にいる聴衆の耳目にしか触れないものに対して、活字になった論文はひろく公共の目にさらされる…学術雑誌に掲載された論文は学会発表よりもずっと重みがある。(p.182)

・日本でも、分野を超えて、「世界に発信」できる研究者が求められるようになってきている。英語文献に接している世界の読者に向けて、共通の土台の上に自らの議論を組み立て、対話や討議に参加することができる人材が必要とされているのだ。(p.200)