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Mike's Blog

これまで読んできた本を引用を含めて紹介します。 Introducing books I have read including citation http://www.arsvi.com/w/km18.htm

船橋洋一『あえて英語公用語論』を読んで

 

あえて英語公用語論 (文春新書)

あえて英語公用語論 (文春新書)

 

 日本の言語政策に関心のある方におすすめの一冊。以下に重要と思われる論点の一部を引用します。

・英語の専門家でもない私が、英語の本を書くことにしたのにはそれなりの訳があります。それは、英語を単に英語教育や英語行政の問題としてのみ捉えてはならない。それを、日本の世界との関係、少し大げさに言えば、日本の戦略の問題として考える必要がある、と思ったからです。戦略の問題とは、世界の中での日本の生き方と処し方の問題です。日本はどのように世界の中で、自らの理念と国益を表現し、追求し、どのように世界の国々と平和に共存するのか、それをよりよく行うにはどのような世界のシステムを作るべきなのか、それをどう進めるべきなのか、その中で日本は何をするべきか、というテーマです。それを誰が、誰と、どのように、行うのか。ここで英語の問題が重要になってきます。それを遂行するには、国際語である英語のリテラシー(識字能力)とそれを使いこなすコミュニケーションの能力なしには、実際問題としてできないからです。(p.6-7)

・二一世紀になると、「対話」はこれまで以上に重要になると思います。グローバリゼーションと情報技術(IT)革命によって、国と社会と個人の世界規模でのネットワークが急速に広がり、それを使った新たな「対話」が可能になるからです。これまでと違うのは、個人が主役になり、一部のエリートだけでなく、多くの普通の市民がその担い手となるということです…ここでの共通語は英語となるでしょう。英語を話す相手は、英米の英語を母語とする人々に限らず、世界の英語を第二言語とする人々となるでしょう…英語の死活的な重要性は、まさにこの点にあります。それは英米社会にとどまらず、世界での「対話」における実務的、かつ実際的なコミュニケーションに欠かせないみんなの道具となってきたということです。(p.9-10)

・ここで言おうとしていることは、日本は公用語法という法律を制定し、日本語を公用語に、英語を第二公用語にするべきである、という主張です…日本語を法的にも、制度的にも公用語と定め、グローバリゼーションの世界的標準化に対する備えとして英語を第二言語と位置づけ、この大波に波乗りし、新たな機会を手にするように日本人の多くを日本語と英語のバイリンガルにしていく必要があります。日本語を公用語、英語を第二公用語とするというのはそういう趣旨です。(p.12-13)

・インターネットの普及で、広報のあり方も変わってきています。世界の隅々から問い合わせやクレームがeメールで殺到します…それに英語で、迅速に、的確に答える必要があります…日本の情報、日本の見方、それもさまざまな見方をどしどし世界に向けて発信していかなければなりません。それを英語でやらなければなりません。積極的に世界に発言し、発信しなければ、こちらの声は沈められてしまいます…インターネットの及ぼす最大の変化は…個人の力を飛躍的に伸ばすことにあるのです…個人一人一人の情報力とネットワーク力が決め手となります…一握りの日本人ではなく多数の日本人がそうした能力をつけ、「世界へアクセス」する能力をつけることが必要です。それによって日本に住む個人の潜在力を、それによって日本の潜在力を最大限引き出すことができるでしょう。(p.21-23)

・日本は、「国際対話能力」に欠けるため世界に十分に理解されていませんし、世界に友人も少ない。そのことが問題なのです。(p.25)

・この本で提言する英語公用語論は、このコミュニケーションの手段としての英語のことです。(p.27)

・未知のものに対する好奇心と驚き、未知の人への関心と共感、日本にこうした知的好奇心と知的活力をつけることが求められています…一方通行的な発信ではなく、外国の人々との共同作業の中での「受信」「発信」「交流」、つまりは「対話」が、それ以上に重要なのです。(p.33)

・なぜ、英語はこうまで強いのか。第一に、それは数(mass)を押さえている…英語の特徴は、母語人口以外の人々に使われている規模の巨大さである…次に英語の強さは、「事実上(デファクト)世界標準」の強さである…英語は実用語として広範に使われ、重宝がられている。そうした既成事実の強さである…英語は、インターネットの登場でさらにネットワーク効果が増してきた…現在のところ、インターネット空間の言語の八〇%以上が英語である。ユーザーの四四%は非英語人である。(p.58-65)

・たしかに、米国は当分の間は、現在の一極構造を維持できるかもしれないが、それ以降はいくらかの大国や地域(欧州連合)との多極的、多角的な枠組みを甘受せざるを得ないだろう。欧州連合、中国とともに、インド、パキスタン、エジプト、トルコ、南アフリカ、メキシコ、ブラジルなどの「枢要国家…」が侮りがたい大国として登場してくる可能性もある。ただ、その場合でも、インド、パキスタン南アフリカは英語国であるし、メキシコ、ブラジル、トルコでは英語が第二言語となる可能性が強い…枢要国家の登場によっても、全体としての英語の外縁はさらに広がるだろう。(p.84-85)

・二一世紀に日本が、世界の中で自らの国益をよりよく表現し、実現していくには、国民の英語による表現力を、現在の外国語習得水準から英語第二言語体得水準に高める必要がある。それによってはじめて、日本人は世界の英語人口の過半を占める英語「第二言語」人と世界を、そしてもちろんその前提となる言葉を、よりよく共有することができるだろう。英語は、日本の世界の中での生き方と日本と世界との関わりのための共存と信頼のテーマなのである。(p.173)

・一九九九年末の時点で、日本に住む外国人の人口(外国人登録者数)は一五五万人…を少し上回っている。今後、定住外国人の数はさらに増えるだろう。彼らもまた新しい日本をともに作り上げていくパートナーととらえるべきであり、それであればそれにふさわしい法的待遇と言語的環境、そのための法制、インフラづくりもまた考えておく必要がある。肝心なことは、言語を含めて彼らに日本への同化を強いてはならないということである。また、それとともに彼らとの間のコミュニケーションのあり方を準備しておかなくてはならない…日本で日本人とともに生活し、働く諸民族の人々を「資産」と見なし、彼らの才能をできるだけ引き出し、共同作業する機会をできるだけ与えることがこれからの日本には求められる。英語は、日本と世界の共存の方法論としてもとらえるべきである。(p.178-179)