Mike's Blog

これまで読んできた本を引用を含めて紹介します。 Introducing books I have read including citation http://www.arsvi.com/w/km18.htm

梅棹忠夫『情報の文明学』を読んで

 

情報の文明学 (中公文庫)

情報の文明学 (中公文庫)

 

 情報について関心をお持ちの方におすすめの一冊。以下に重要と思われる箇所を一部引用します。

・…現代という時代においては、効果をもたない消耗というものはゆるされないのだ。なにかを消費するのは、すべてなにかを生産することに役にたつ、という前提にたつときだけ正当化されるのである。娯楽やスポーツだって、つねにあすのエネルギーの再生産のためにだけ存在しうる。(p.21)
・…放送人にとっての論理的問題点は…「効果がわからない」…商業放送の「効果」というものは、その商業的側面に関するかぎり、どこまでも間接的であり、直接の検証はできない性質のもの…放送人の社会的存立を保証する論理の回路は、けっきょくは文化性をもってこなければ完結しない…(p.22-24)
・学校の先生…社会的効果というものは検証がはなはだ困難である…教師の社会的存立をささえている論理の回路を完結させるものは、やはり教育内容の文化性に対する確信以外にはない…(p.25)
・新聞は、速報性をラジオ、テレビにゆずっても、なお報道中心に編集するほかはない。新聞人は本質的に報道者である。しかし、ラジオ、テレビは、速報性をもちながらも、しかも報道が中心になることはない…放送人は…興行者にちかい。(p.30)
・…売っているものは「情報」…新聞人や放送人の活動の効果を、計量し確認することがむつかしいというのは、かれらのとりあつかう商品の、このような特殊性によるものである…(p.46)
・お布施の額を決定する要因は、ふたつあるとおもう。ひとつは、坊さんの格である…もうひとつは、檀家の格である…このふたつの格の交点において価格がきまる…「格」というのは、いわばそれぞれの存在の、社会的、公共的性格を相互にみとめあうということにほかならない…(p.60-62)
・情報はそれ自体で存在する。存在それ自体が情報である。それを情報としてうけとめるかどうかは、うけ手の問題である。うけ手の情報受信の問題である。(p.76)
・わたしは、現在の発展しつつある情報産業は、やがてきたるべき外胚葉産業の時代、つまり精神産業の時代の夜あけ現象だ…というふうにかんがえています。(p.134)
・わたしたち人間は、ある情報をえることによって、つぎにとるべき行動をきめる。情報が行動に影響をあたえるのである。(p.202)
・情報はあまねく存在する。世界そのものが情報である。(p.209)
・情報は、しばしば提供する側が金をだすのである。(p.261)
・情報を手にいれるためには、さきに金をはらわなければならない。(p.266)
・情報というものは、あってもなくてもよいものが大部分である…そのうちの少数の部分だけが、それをしっている人間にひじょうな利益をもたらすことがある。(p.272)